自分で書いといてなんだけど、人の「闘病記」って、あまり読まない方がいい時もある。
同じ病名でも、症状や治療法は人によって全く違うので、参考にならないのだ。
特に命に関わる病気は、どうしても自分の症状と比べて一喜一憂してしまうのではないか。
私の場合、大きな疾病は「乳がん」「潰瘍性大腸炎」「卵巣嚢腫」を抱えているが、いずれにしても結果的には生かされ、美味しいものを食べることができ、二人の子どもに恵まれ、制約はあれど日常生活を送れているサバイバーだ。
いわゆる「病気とうまくつきあっていけば生きていける」レベル。
私よりも症状の重い人にしてみれば「ラッキー」なのだ。
それでもまあ、それなりにしんどい思いもしているし、死と向き合うこともある。
いつだって前向きでいられるわけではなく、最悪のことを考えてしまうことだってある。
ただ、闘病記でそれをつづったところで、読む人はどんな気持ちになるのだろうと思ってしまうのだ。
実際、自分と同じ病気の人の闘病記を読んで、何やら複雑な気持ちになってしまうこともある(^^;。
この歳になれば、病気のひとつやふたつ、抱えていない人の方が珍しい。
病気で亡くなった人もたくさんいる。
「健康ならなんだってできるじゃない」と言われても、 「では健康でなければなにもできないの?」ってことになるわな(^^;。
私はこんな症状です。
「だからあなたも大丈夫、希望を持って」
「あなたはもっと大変だけど、頑張って」
「一緒に頑張りましょう」
てなことを言いたいわけではないのだな(^^;。
では、何を伝えたいのか。
風月が伝えたいのは「感謝のキモチ」です。
なんと言っても半世紀以上、生かしてもらってきました。
本当にたくさんの人に支えてもらってきました。
そして、もう少し、その皆さんと楽しい時間を過ごすことができる希望があります。
これ以上幸せなことはありません。
「これからもよろしくお願いします」
そんな思いが伝われば幸いです。
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